研究段階から社会実装時の最終品まで、
北海道大学触媒科学研究所での2事例
光造形方式のデスクトップ3Dプリンター「Form 3」(現在は「Form 3+」として発売中)は、実際にはどのような場面で利用されているのでしょうか。
今回は、北海道大学 触媒科学研究所技術部に導入いただいた「Form 3」を活用いただいている、「福岡研究室」「朝倉研究室」の2研究室に取材させていただき、どのような場面で活用しているのか、そして導入後の効果などについてお話を伺いました。
取材協力:
#Form 3 #研究 #社会実装 #試作 #最終品
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社会実装として3Dプリンターを活用
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最終品の生産に利用
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3Dプリンターで"まずは作ってみる"が研究の効率を上げる
食材を傷みにくくする"触媒"の研究と、社会実装に向け3Dプリンターを活用
まずお話を伺ったのは、触媒科学研究所 物質変換研究部門 福岡研究室の福岡敦教授です。
ー まずは、福岡先生の研究内容について、詳しくお伺いできますでしょうか?
福岡先生:
私は「触媒」について研究しています。
触媒とは、ニオイ物質を完全に酸化させてCO2にしたり、化学反応を促進する物質です。
身の回りでは、自動車の排ガス浄化に使われていたり、電子レンジの内側に薄くコーティングされていたりします。
ずっと長い間、「シリカ(ガラスの素材)」と「白金(プラチナ)」の酸化反応をコントロールし、触媒として活用することに興味を持ち、研究していました。
しかし、触媒によるエチレン部分酸化反応のコントロールが難しく、完全に酸化されてCO2が生成し、当初の目的通りの反応が得られなかったので研究を途中でストップしました。
でもある時、農学系の論文で、エチレンを完全に酸化することが役に立つ名案があることに気づきました。
野菜や果物を長い間冷蔵庫に入れていると傷みが進みますよね。あれは、野菜自身から微量のエチレンを出し、それが他の野菜につくと、熟成が進むことが原因なんです。
例えば、りんごとレタスとかは、一緒に置くとそのエチレンがたくさんでるので、痛みやすいです。りんごはエチレンをたくさん出しやすいんです。
ー 「りんごを野菜と一緒に置くと腐りやすい」というのをよく聞きますが、そういうことだったんですね。そこに名案の鍵があったということでしょうか?
福岡先生:
そうです。ならどうすればよいのか。冷蔵庫に触媒をおいておけば、出てきたエチレンを常にCO2に分解し、食材を傷みにくくしてくれるわけです。さらに、触媒の働きは反応を促進させることなので、活性炭のように交換は不要です。長く使えます。
こういう分野に応用出来るかもしれないと思って、試してみたらすごく良い触媒になりました。
すでに社会実装もされていて、企業と共同開発を行い、2015年以来、ある企業製の冷蔵庫には私たちの触媒が入っています。実際に触媒が冷蔵庫の中の食材を傷みにくくしてくれているんです。
試作品ではなく、最終製品として3Dプリンターで容器を作成
ー すでに社会実装までされているんですね。ではそういった触媒の研究において、Form 3を使っていただいているんでしょうか?
福岡先生:
冷蔵庫に入れる触媒のための容器は容器メーカーに作ってもらったんですけど、別の研究で使用する触媒の容器は触媒科学研究所のアドバイスもあり、Form 3を使用することにしました。
北海道余市町に北大の所有している果樹園があり、そこに大きい貯蔵庫があるので、2ヶ月程触媒を置いて試してみることになりました。
貯蔵庫を低温に保つための空調があって、空調によって循環されてきたエチレンに触媒を触れさせ、庫内の果物から発生するエチレンをCO2に分解するため、空調の出口に触媒を置くことになりました。
容器について触媒科学研究所の技術部の方に相談したところ、技術部の方で設計していただき、3Dプリンターで容器を作ってくれたという訳です。材料はRigid 4000を使いました。
他にも技術部の方に試行錯誤してもらい、全体でどれくらいの触媒を入れるかを決め、効率性や安全性も考え1個の容器に30gぐらいということで、この大きさになりました。
▲Rigid 4000で造形された触媒用の容器(試作品ではなく製品として使用されています)
この四角い容器に小さな穴が空いているのが見えますか?
これにより、触媒は漏れず、空気は通るような設計になっています。また、一回に空気に触れる面積が大きい方が効率がいいわけなので面積を稼ぐため、容器の厚みは薄めに設計しています。試してみたら非常に成績がよくて。
この作った容器は試作品ではなく、実際に触媒を中に入れて貯蔵庫に設置されているんですよ。
▲実際の触媒
Form 3で容器を少量生産、年間約100トンのフードロスを改善
ー どれくらいの容器をForm 3で作り、貯蔵庫に設置したのですか?
福岡先生:
北大の果樹園の貯蔵庫の他にも、触媒を入れたこの容器を使用しているところがあります。
北海道のあるコンビニチェーンでは、漬物を作っている工場があって、そこの野菜貯蔵庫(床面積200平米くらい、小さい体育館くらい)でも試してみたんです。そこには36個、この容器を設置しました。
スーパーやコンビニのように食品を扱うところでは「歩留まり」といって、一度仕入れた野菜がどれくらい商品になったかを計算します。貯蔵の間に使えなくなった野菜は捨てられるわけですが、店側としてはそれを少なくしたいわけですよね。
件のコンビニチェーンでは、私たちの触媒を導入してから、歩留りが3〜10%向上しました。
そこでは年間2000トンの野菜を扱うので、平均5%だとしても、100トンの野菜が無駄にならなかったということは、非常にコスト削減になるわけです。
それを実現するために触媒の容器も大量に必要になる、技術部の方は大変だったらしいんだけど。笑
▲福岡教授、お時間いただきありがとうございます!
まとめ
福岡先生のインタビュー後に、技術部の方からも当時の話を伺いました。
Form 3にした理由:
・試作を短期間で繰り返すことができる
・材料によっては最終製品としても使える
・使える材料が多く、その使用状況から材料を選ぶことができる
Rigid 4000を使用した理由:
・貯蔵庫は湿度が高く、湿度のせいで容器が変形しないかが懸念点だったので変形のリスクが低いRigid4000を選択した。
とのことです。
スピーディーに試作を重ねられることが3Dプリンターのメリットであり、またForm 3は約15種類の物性を持ったレジン材料を使い分けることができることも大きなメリットです。
技術部では、この様なForm 3のメリットを最大限に活用いただいておりました。
ありがとうございました!
▲触媒科学研究所(技術部にて)には、Form 3とForm 3Lがならびます
触媒の原子レベル構造解明のための器具に3Dプリンターを活用
次に、触媒科学研究所 触媒表面研究部門 朝倉研究所の朝倉清高教授と城戸大貴先生にお話を伺いました。
城戸先生は、技術部から3Dプリンターを借りて、ご自身で設計から造形まで行っているそうです。どの様な研究に3Dプリンターが活用されているのでしょうか。
ー 朝倉研究室の研究内容について、詳しくお伺いできますでしょうか?
朝倉先生:
私たちは、触媒の化学構造、すなわち原子がどのように並んでるかを調べています。
昔、高活性な触媒を作ることは職人芸だったのです。
Aさん、Bさんが同じものを使っても、できたものには良し悪しがあるのですね。原因は、触媒の原子レベル構造が関わっています。Aさんがつくった触媒の原子レベル構造は良かったが、Bさんの作った触媒は別の構造をしていたりしていたわけ…です。
A触媒を再現するには、原子レベルで触媒の構造を探る研究が必要で、私たちのところではX線を使って研究を行っています。
そんな触媒の原子レベル構造解明のための機具を3Dプリンターで作っています。
城戸先生:
例えばですが、こんなものを作っています。
電池の電極を溶液につけて発電能力を調べる研究に使用しているものです。
この二股になっているところからガスを供給していますが、
一体で溶液と容器内で溶液がない箇所の両方にガスを供給できるようにする工夫を設計段階におこないました。
ー 複雑な構造ですが、どう造形したんでしょうか?パーツごとに分割したんですか?
城戸先生:
いえ、一括造形です、パーツにわけていないです。
ちゃんと二股のうち片方から空気を入れると、管の先端から空気がでてきますし、もう片方から空気をいれると別の穴のところから出るようになっています。
設計によっては一括造形で複雑な構造でも出力できるので、いろいろ試しながらやっています。
朝倉先生:
最初は彼(城戸先生)が面倒を見ている学生がこの機材のアイデアを持ってきたんです。
私は「こんな複雑なものが作れるわけないでしょ」と言ったのです。ところが、彼がそれを図面にして、本当に作ったのです。これをみたときは、驚きました。3Dプリンターではこういう複雑なものも造形できるのですね。
"3Dプリンターで作ってみる"で研究の効率を高める
城戸先生:
また、こちらも3Dプリンターで造形しました。同じく電気化学で使うものです。
電気化学セルの上部で密閉性を高めつつ、X線の通り道のためにフィルムを貼るので、この構造が欲しかったのです。普通は金属を使って加工してもらいますが、重くなるので、プラスチックやレジンでつくりたかったので、最初は手作りでプラスチックのカップを使ったりしてました。それだと密閉性がなく、また、すぐカップが外れたりしてたんです。
3Dプリンターをつかうことで、フィルムを押さえつけるパーツと蓋をするパーツを一体化でき、完全に密閉でき、外れることもなくなりましたから、研究の効率もよくなりました。
ー これらの2つの実験器具にはRigid 10KとRigid 4000を使っているようですが、その材料を選んだ理由もお教えください。
城戸先生:
二股のチューブの方がRigid 4000で、フィルムを貼る方がRigid 10Kです。
これらは薬品に触れないパーツですが、触れる可能性もあるので、比較的耐薬品性のある素材を選びました。
自分で気軽に微調整ができるのが3Dプリンターの良さ
ー ご自身で技術部からFormlabsの3Dプリンターを借りて設計から出力まで城戸先生がされていると伺いましたが、使い心地などどうでしたか?
城戸先生:
3Dプリンターを借りるまで、身近にある物でどうにかしてました。
それこそプラスチックのカップとか。
もしくは技術部に発注していました。するとできあがるまで、時間がかかったり、思っていたのと違っていたりして、又作ってもらったりしていました。
その点、思いついたときにすぐに自分で設計・作成して何度も試せたり、自分で少量生産できるのはすごく助かりますね。
先程お見せした物も、フィルムを内側に張りやすいよう、内側に小さな段があります。
普通はこの構造を作るのは難しく、何度も失敗しますが、自分のところに3Dプリンターがあると自分で気軽に作ったり、作り直すことができます。
操作も簡単なところがとても良いです。
出力後少し直したいところがあれば、手軽に再度印刷できるというところもポイントですね。
あと、テフロンだと接着剤の利用ができないですが、レジンはできるのも助かります。
スピーディーに色々なことが試せるので研究でもとても助かっていますね。
▲朝倉先生(左)、城戸先生(右)お時間いただきありがとうございました!今後もぜひご活用ください!
まとめ
Form 3にした理由:
・試作を短期間で繰り返すことができる。
・操作が簡単
・使える材料が多く、その使用状況から材料を選ぶことができる
・手直ししたいところがあれば、簡単に手軽に再度印刷できる
・少量生産が気軽にできる
Rigid 10K/Rigid 4000を使用した理由:
・他のレジン材料と比べると、比較的耐薬品性のある材料であるため。
ご自身で設計し、設計を何度も繰り返し研究に3Dプリンターを活用いただいている城戸先生。
複雑な設計にも挑戦されており、より効率的に3Dプリンターを活用するために色々試されているようです。
ー 触媒科学研究所のみなさま、本日はお時間いただきましてありがとうございました!
※掲載内容は取材当時のものです。
ライター:徳山 倖我
編集:菊池 映美