あらゆる無駄を解消し、SLS方式 3Dプリンターだからこそ実現する生産性
株式会社アザース様
SLS方式3Dプリンター「Fuse 1」はどのような場面で利用されているのでしょうか。
今回は、株式会社アザース 大貫泰成さまに、Fuse 1だからこそ実現した生産性や活用法などのお話をお伺いしました。
取材ご協力:
株式会社アザース
ニトロファクトリー事業部
大貫 泰成様
SNS:https://twitter.com/NitroFactory_JP
聞き手:
Yokoito Additive Manufacturing 菊池、中村
陳腐化するeスポーツ関連デバイス市場の活性化のため、オーダーメイドマウス事業を立ち上げ
ー 御社の事業について伺えますか?
大貫さん:
元々はプラスチックの加工とか、アクションカメラアクセサリーなど、プラスチック製品全般をやっている会社です。
Fuse 1を実際に活用しているのは、新規事業であるオーダーメイドマウス事業の方です。
最近はeスポーツの市場は伸びているけど、それに関連したデバイスはあまり発展していないんですよね。
マーケット構造的には中国などにOEMメーカーが数社程あり、そこに参入したい企業が依頼して、名前やロゴだけ違う類似製品が出てくるといった具合です。まあ、実際に製造業をファブレスで参入すること自体は初期コストを抑えられるので良いと思いますが、それがデバイス全般の発展に繋がっているかといえばそうではないです。
それが常態化していることが面白くないと感じたのが事業立ち上げのキッカケでした。eスポーツは盛り上がってるけど、関連のデバイスはあまり盛り上がっていないという実態です。
実際のところ多くのユーザーも「こんなマウスの形状の方が良いのではないか」とか、主義主張はあまりないんですよね。でもこれって顧客が悪いのではなくて、その議論すら出ない程度に顧客に提案されているマウスの形状の種類が少ない現状が問題だと思っています。
このデバイスのマーケットを盛り上げるためには、「こういう形状がいいよね」「これだと負担がなくて操作しやすい」など、ユーザーが主義主張を持ち、ユーザー同士の思想の対立など、コミュニティの盛り上がりやリテラシーの向上が必要だと考え、オーダーメイドマウス事業をすることにしました。
自分で形状を自由に決めることは、いま市場にあるマウスから自分に合うものを選ぶこととはまったく違うプロセスを踏むことになりますからね。
拘る必要のあるところに時間をかけるため、できるだけ無駄を省く
ー Fuse 1を導入しようと思った理由は何だったのでしょうか
大貫さん:
はじめは5軸の切削加工機で作ろうと考えていたのですが、開発を始めてからすぐに3Dプリントを使わないとこのプロダクトは成り立たないことに気づきました。
オーダーメイドというモデルって、”スーツ”とか”靴”とか世の中にあるじゃないですか。
オーダーメイドの方が量産よりも高価なことに顧客は納得しています。それはオーダーメイドをやっている事業者が製造工程を細かく分割してそれらしい名前をつけて、「オーダーメイドにはこんなにも手間がかかるんだ」という苦労話を宣伝文句にしているからです。
でも実際は量産品と同じ工程を生産ロット数が少ないという理由で非効率にこなすしかないだけです。
顧客にとって本当に意味があることはその製品が作られる過程ではなく、その過程を経て得られることによる効果だと思っています。「ただ非効率なだけの工程:無駄」と「顧客にとって意味がある工程:手間」は違うのに、同じように語られるから顧客は混同して納得してしまう。
現状のオーダーメイドというモデルには量産と比べて「無駄」が多いだけで、あまり「手間」はかかっていないのです。
私も、オーダーメイドマウスでスケールメリットがない事による「無駄」は避けられないと考えていました。ただ、よく考えてみると3Dプリントは生産数が増えてもそもそもスケールメリットがあまりないものです。これは逆に言えば数によって単価が左右されないという意味で、オーダーメイドにとってこれ以上の製造手段はないと思いました。
そして、限られたコストの中で「無駄」を省くと「手間」がかけられるということに気づきました。無駄を省きに省くことで本当に顧客にとって意味のある「手間」にリソースを割ける訳です。
▲Fuse 1で試作から最終製品までを造形、そして別途塗装まで行い、実際に販売までを進めている大貫さんのオーダーメイドマウス
ー SLS方式3Dプリンターを調べる中で、数ある中でなぜFuse 1を選んだのでしょうか?
大貫さん:
3Dプリンターの中でもSLS方式は出力後の後処理が粉を落とすだけで、他のサポート材のつく方式とは違って「無駄」を省くことができます。
また、サポート材の除去は手作業になるので、作業者の技量によって仕上がりが左右されます。そういった教育コストも「無駄」に繋がります。
それを踏まえると後処理が造形物から粉を落とすだけのSLS方式が一番いいなと。
ただ、SLS方式がベストというのはわかっていたのですが、何千万円と高価だし、大きくてスペースが必要なものが多いということで、外部のサービスに頼らざるを得ませんでした。
しかし、外部のサービスに頼ると結局のところコストも内製と比べると2倍以上になるし、依頼してから届くまで二週間くらいかかるので、スピード感を持つことができない。製造コスト的にも開発スピード的にも自社で持ってないと厳しい、という状況でした。
すると、ちょうどいいタイミングでFuse 1が登場したので、見に行ったら値段も3Dプリンターとしてもいい感じだったし、諸々のタイミングも合わさって、購入に至りました。
用途に立ち返り、SLS方式だから実現するデザイン
ー マウスの内部はトポロジー最適化で生成したのですか?
大貫さん:
そうです。トポロジー最適化の方が軽量化できるのと、基板を置く位置などが決まれば自動で設計できるので便利です。
私たちのオーダーメイド事業の場合、機能とかボタンの数とかは最初から決まっています。顧客のマウスの持ち方などを聞いて、粘土でモックを作って、顧客に確認と微調整をしてもらって形状の確定という感じです。その後に基板の配置を決めて生産をしていく形になるのですが、トポロジー最適化を使えば軽量化ができ、設計も自動化できて無駄を削減できればいいと思いました。
一応ゲーミングというところにターゲットを絞ってるので、ボタンの数などの大まかな部分は予め決められるらめ、設計の自動化にはある程度の親和性がありました。
▲トポロジー最適化で設計された構造
オーダーメイドをやっていて感じたのは、3Dプリンターを使って既存の製品と同じ機能を実現しようとするときに、従来ある形に拘る必要ないということです。
射出成形のためにこのような今出回っているマウスの形や構造になっているだけで、製造上の都合でそうなっているという形状も沢山あります。
一度用途に立ち返り、3Dプリンターだからこそできる形状とかも生まれるのではないかと思います。
ー 「用途に立ち返る」、面白いですね。今はそういうのも含め、色々試作を重ねているんですね。
大貫さん:
マウスの筐体が薄すぎたから足してみたりとか、サイドボタンもはめるタイプから一体造形にしたり...週1くらいでアップデートがすぐにできて、どんどん形も変わっていってます。
だからこそ、どんどんプロダクトを出して、フィードバックをもらって改善していくのが一番よい方法だと思っています。スピード感を持って修正しやすいということを含め、非常にサイクルを回しやすいという部分がSLS方式3Dプリンターならではだと思います。
例えば、現状のものは荷重方向によって強度が最適化されているので、想定してない持ち方をされると問題が生じることもあります。
オーダーメイドだからこれでも良いと思っていましたが、ユーザーの声を聞いていると、使う時によっては多少持ち方も変わるということがわかったので、改善する必要が出てきています。
こういった当初想定していなかったような問題が起きても焦らず次のバージョンに反映させるだけで済むのは、こういった開発思想と3Dプリンターを組み合わせたからこそできるものだと思っています。
▲試作品のマウスたちと(グレー:Fuse 1)と粘土で作ったモックアップ(肌色)
ー マウスの部品の組み付けはどうされているんですか?
大貫さん:
これはM2のネジを使っています。
M2のネジを使うなら下穴が1.6mmで、そこにM2のタップを切るのですが、下穴1.6mmで作るとSLS方式の粒子が邪魔して入らないので、1.6mmの下穴を空けるなら、1.2~1.3mmで造形してピンバイスとかで1.6mmに広げてタップでネジ穴切ってあげる方が上手くいきました。
ー プリンターで最初から正確に出すのではなく、後加工で正確にしたのですね。
大貫さん:
後加工を前提にやった方が良いとマニュアルに書いてあったので、その通りにやりました。
試しにFuse 1で出力したものを切削で仕上げることもやってみたのですが、SLS方式だったら造形物の積層の間に隙間とかが空いてないので切削でもかなり綺麗に仕上げられます。
Fuse 1の場合、スライサーソフトもすごくわかりやすくてよかったし、材料のセットを予めやっておけばノートPCから出先で印刷開始とかもできるので便利です。
造形エラーとかは形状によって出やすいこともありますが、SLS方式のクセを把握していれば特に問題はないです。とにかく機械の操作も含め、ソフトウェアも使いやすいというのもあるので、苦労はほぼ無いですね。
3Dプリント製品に対する不安を塗装で少しでも払拭
大貫さん:
3Dプリント製品が最終製品として顧客に受け入れてもらえない部分はあると思います。
顧客受けしない理由は色々考えられますが、積層跡や強度の特性などの既存の製品と比較した場合の違いが目立つというよりも、そもそも3Dプリントの製品という新しいジャンルで捉えられてしまうことにあると思っています。
そういった新しいジャンルでは断片的な情報しか顧客は把握できないので、3Dプリント製品という新しいジャンルに対してポジティブな好奇心をもって購入するような層に顧客が限定されてしまいます。
どうしても一般的な顧客からすれば3Dプリンターで出てきた物は、未知の世界で、不安なんじゃないかということです。
そういった不安を少しでも払拭するために、今回のオーダーメイドマウスでは塗装をしています。
これだけ綺麗になっていれば、第一印象が「3Dプリントのマウス」ではなくなると考えています。
▲Fuse 1で造形後、大貫さんが塗装したマウス
ー 塗装はどうされているのですか?
大貫さん:
私が塗装してます。我ながら塗装の才能があったなと思っています。笑
色付けまでは模型などに使われるアクリルラッカー系の塗料を吹いて、その後はウレタン系の塗膜が硬い物でコーティングしてます。
カラーオーダーとかもやろうとしていたので、自動車用の2Lの缶を何十色とか揃えるのも大変で、カラーリングまでは小瓶で一般的に売られているラッカー系塗料でなんとかして、塗膜の強度はウレタン系の塗料で補うといった具合です。
塗装を外注するとなると、個人でやってる工房に出す場合と塗装専門の工場に出す場合とで値段がだいぶ違うんですが、大体平均して5万円で、高いところだと7万円とかします。
これだと売値が大変なことになるので、塗装まで内製化して塗装のコスト的にはかなり抑えることができるようになりました。
▲マウスを実際に塗装している現場
ー 塗膜の層は何層くらいですか?
大貫さん:
サーフェイサー層・カラー層・クリア層の3層構造になります。
3Dプリント品を塗装するときのポイントの話をすると、厚塗りしてから削ると効率が良いです。
普通は溶剤に塗料を溶かして吹き付けて、均一になって乾くイメージですが、3Dプリント品の場合、表面が多孔質みたいになっているので、シンナーを吸ってしまいます。
シンナーを吸うと、塗料メーカーが想定していなかった乾き方になってしまい、ボコボコザラザラになります。
理想は粘度が高い塗料をあまり希釈せずに口径の大きいガンで分厚く塗って、それを削ることですね。ラッカーでこれをやろうとすると、また別の工程が必要になりますが、まあラッカーでする必要はないですね。
ー マウスのように、実際に手で繰り返し使うものになると塗膜の強度も必要になりますよね。
大貫さん:
塗膜の強度はもちろんあった方が良いんですが、塗膜も結局は樹脂なので使っていけば摩耗していきます。
マットな仕上がりの射出成型品も、使っていくうちにツルツルになるので、どちらにせよそこは仕方ないと思っています。
知見を共有し、モノづくりの未来を面白くしていきたい
ー 今後はマウス以外を作ることも考えられていますか?
大貫さん:
直近はとりあえずオーダーメイドマウスを普及させる方向で、なるべく他のことをやらずにいきたいと考えています。
ブランド拡張みたいなことをすぐに考えがちですが、オーダーメイドという印象の強いものがせっかくあるので、オーダーメイドはオーダーメイドで仕組みをどんどん改善していこうと考えています。
今あるプロダクトをより良くしていこうという方向性ですね。
オーダーメイドは3Dプリンターとかなり相性がよいと思うので、「オーダーメイド ✕ 3Dプリンター」みたいな分野はこれから出来ることも多いのではないかなと思いますし、スモールビジネスだけじゃ留まらないのではと思います。
ー 現在3Dプリンターを検討している方へのアドバイスなどはありますか?
大貫さん:
初めて3Dプリンターを入れる人は、基本的になんでも作れると思っておけば大丈夫だと思います。
本当はそんな便利なものはないけど、何か新しいことやりたい人からしたらある程度のものは作れますし、何がやりたいかわからないけど、とりあえず導入したい機械が決まっているのなら導入したら良いと思います。
そこで「これが作れるかわからない」「精度がわからない」とかいっていつまでも足を止めてしまうと、新しいものも作れないですし。加工サイズが必要になったり、精度が必要になったら外注したり、キャッシュを貯めて投資すれば良いだけですから。
とにかくどんどん進んでいくことが大切だと思っています。
3Dプリンターを使って、作りたいものが作れるかわからなくなったら、YOKOITOのスタッフさんに聞けば良いですしね。笑
製造業界は知見を公開したがらない文化がありますが、僕としてはもっと色々な知見を公開して、どんどん新規参入者を呼び込んで製造業が熾烈な競争の場所に盛り上がっていければ良いなと思っています。
現代では、ソフトウェアも製造機械も非常に進化して使いやすくなっているので、作業者の熟練度よりもアイデアや工夫の方が製品の良し悪しを左右します。
私としては別の業界からモノづくりに飛び込んで来てアイデア1つで業界に大きく影響を与えるといったパターンがこれからのモノづくりでのロールモデルであってほしいと思います。
ー 本日はいろいろお話いただき、ありがとうございました!
※掲載内容は取材当時のものです。